最近、20歳前後の人達と一緒に仕事をしています。偶然が重なってか、音楽関係の人が多く、音楽関係の専門学校生、軽音サークルに所属するバンドマン、吹奏楽部に所属する大学生、(どのクラスかは不明だが)アイドルなど。仕事自体は音楽とは無関係なのですが、まぁ、よくもここまで音楽関係の活動をする人々が巡り会わせたなぁ〜、なんて事を思うわけです。そして、そういった活動に従事していない方々もおり、改めて、組織の多様性というものを面白く感じています。
さて、多くの所属するスタッフが20歳前後の年頃という世代にあって、また、その多くが学生さんということもあり、彼・彼女らはまさにこれから社会人になろうとする時期にあり、今、アルバイトという比較的緩やかな雇用形態を通じて社会に出る準備を着々としているわけで、いわゆる大人の一員である僕は日々そのような人々と接しながら、何を伝えるべきなのか言葉や行動を通じて試行錯誤しています。
僕がまだ20代の頃というのは年の差もそこまでなく、感性というものが多少なり似通い、ちょっとした話題にも共通性というものを見出すことが出来たのでしょうが、一回り以上の世代差というのは覆すことのできない事実で、今さらU.C.0079一年戦争の話を振ってみたところでキョトンとされるわけです。
このようなジェネレーションギャップと呼ばれるものを前に、経営側と現場側みたいな分断された社会を持ち込むと当該組織ユニットにおけるコミュニケーションが遮断されて意思疎通を阻むこと事から、このようなケースにおいては、やはり年長者が器量の大きさというものをもってして温かく人生の後輩達を見守ってゆく姿勢というものが大事なのでしょう。そして、過ちというものにおいては放置することなく、言うべきことは言い、何故それが過ちであるのか、当該組織ユニットのビジョン、方針、ミッションというものと照らし合わせて皆んなで一緒に考えていく事が大事なように思います。
近年では、LINEやfacebookなどインターネットを介したコミュニケーションインフラ(ICT)が発達しており、様々な情報を適度なネットワークの範囲の中で情報交信が可能となっており、僕自身は、このような技術を通じて比較的公開性というもののメリ・デメを考えながら日々メッセージを送っている次第です。未知ゆえに犯す過ちは当然に存在しますし、未知ゆえに新規性のある発想もまた存在するのでしょう。僕自身もまた、これまでに多くの付き合いがなかったこれらの世代との交流を通じて未知を既知へと転換していく者なれば、心の扉を解放して、曇りなき眼で見て、その真贋を自らの良心と照らし合わせて、良いものは良しとして取り込み、組織の掟として馴染まないものには説明責任を果たしながら、相互理解を深めていくことが、当該組織の社会性を慣習法的に自治を形成していけるのでは無いかというように思います。
若い世代の可能性を消さず、より良いものを採用することで様々な世代に受け入れられるサービスの在り方というものを模索していきたいと思います。